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日本の料金所のETCレーン
Adam Jones — Founder & CEO創業者 ・ CEO
代表メッセージ·JapanETCcard

13回目で、ようやく「YES」が返ってきた。

日本に住む外国人居住者や米軍関係者のために、英語で利用できるETCサービスをつくりたい ─ そう考えて、銀行、金融機関、信用組合、NEXCO、行政の窓口を2年間、合法的に考えられるすべてのルートで回り続けました。

Adam Jones·Founder & CEO

“私自身が「信頼」になるしかなかった。日本でハンドルを握るすべての外国人ドライバー、すべての米軍関係者、すべての海外からのお客様について、私が100%、個人として責任を持つ ─ そう覚悟を決めた瞬間でした。”

  1. 01 ・ なぜ、ここまで難しかったのか

    ためらいは現実のものでした ─ そして、すべては「信頼」の話でした。

    日本では長い間、外国人ドライバーに対して「料金を払わずに帰国してしまうのでは」という不安が根強くありました。さらに、多くの方が見落としている事実があります。日本のETC料金請求は、実際の利用から約2か月遅れて発生します。利用から請求書到着まで6〜8週間 ─ つまり、関係するすべての機関は、まだ見ぬお客様に対して2か月間の信用供与を行うことを求められていたのです。日本に駐留・帰任を繰り返す米軍関係者となれば、その不安はさらに大きくなります。制度全体に「信じてください」とお願いするしかない状況でした。

  2. 02 ・ 転機となった決断

    私自身が、その「信頼」になるしかなかった。

    私自身が前に出て、日本にいる外国人ドライバー、米軍関係者とそのご家族、海外のお客様が安心してETCを利用できる仕組みを支える責任を引き受けることにしました。銀行、NEXCO、パートナー各社に対して、契約書という形で本気の約束を交わしました。ご請求を期日通りに処理し、ETC車載器の登録・確認を適切に進め、お客様に制度を守ってご利用いただく。その重みを誰かが引き受けなければ、外国人のためのETCサービスは生まれない。それなら自分が、と決めました。

    2013年、横須賀基地の近くに開いたJapanETCcardの最初のオフィス ─ 当時のサイン看板が掲げられた、小さなお店。
    ここが、私たちの最初のオフィスです。横須賀基地のすぐ近くにあった、小さなお店 ─ 2013年当時のJapanETCcardの原点。すべてはここから始まりました。
    JapanETCcard最初のオフィスの自席で作業に向き合うアダム・ジョーンズ ─ お客様がまだいなかった頃、一人でプラットフォームを組み上げていた時期。
    そのオフィスの中、小さなデスクで、プラットフォームをひたすら組み上げていました。それが私の部屋でした。長い夜が何度もあり、2日も3日も家に帰らず、ただそこに座って、ひたすらコードを書いていました。
    オフィスの床に広げられたアダムの寝袋 ─ 2013年10月6日、下記の投稿と共にSNSにアップされた、その一枚です。
    本人投稿(当時のSNS)·October 6, 2013

    “「どうやって資産を築いたのか」と聞かれたら、私はこの写真を見せます。皆さんが寝ている時間、私はだいたい仕事をしていました。私が眠るとしても、オフィスで数時間だけ。そしてまた仕事に戻る。必要なのは寝袋、歯ブラシ、歯磨き粉 ─ それだけでした。この生き方は誰にでも合うものではありません。でも、目指す場所にたどり着いたとき、きっと誰かがこの軌跡を一冊の本にしてくれるはずだ ─ そう信じて続けてきました。”

    — Adam Jones, October 6, 2013
  3. 03 ・ こうしてサービスは生まれた

    2013年。50枚から始まった、たった一つのパイロット。

    13回目で、ようやく「YES」が返ってきました ─ ただし、厳しい条件付きで。米軍関係者とそのご家族向けに、わずか50枚のカードを使ったパイロット運用が認められたのです。それが2013年。JapanETCcard.comが生まれた瞬間です。しかし「YES」はスタートラインに過ぎませんでした。2年間の交渉のあと、さらに8か月。私たちのシステムと先方のシステムを、正確に、信頼できる形で、双方が確認できる形でつなぐために、毎月テーブルを囲み、業務フローを設計し直し、レポートを突き合わせ、顧客台帳から請求パイプラインへの受け渡しを少しずつ堅牢にしていきました。

    JapanETCcardパイロット期の初期ミーティングで、50枚運用時のオンボーディングデータと投影画面を確認するアダム・ジョーンズと小さなチーム。
    創業初期、2013年。50枚パイロット運用の頃、最初の小さなチームでオンボーディングデータを一つひとつ確認していました。
  4. 04 ・ 「待つこと」もサービスの一部でした

    日本は意図的に「ゆっくり」進む国 ─ だからこそ、社会の仕組みが、ここまで信頼できる形で機能しています。

    待機リストは一夜にして1,300名に膨れ上がりました。私は前のめりでした ─ いますぐ希望者全員に提供を広げたい、前に進めたい。それでも返ってくる答えは同じです。「No. 50枚だけ」「No. 50枚だけ」。正直、もどかしさはありました。私は走りたい、相手は確実に歩きたい。しかし、そこで学んだのは ─ あれは「ダメ」ではなく「まだダメ」だったということ。振り返れば、あの時間こそが、両者にとって安定したシステムを生み出した時間でした。パイロットがクリーンに回り続けたあと、上限は500枚に。500名の運用が順調に進んだ時点で、ようやく制約が外れたのです。

    創業初期、日本のビジネスリーダーの方々と提案資料・比較スライドを確認するアダム・ジョーンズ ─ 小さな会議室での打ち合わせ。
    創業初期のパートナーミーティング ─ 同じテーブルにつき、提案を1ページずつ丁寧に確認しながら、すべてのご質問にデータで応えていきました。
    創業初期、ホワイトボードを前にパートナーの方々へ運用ステップを丁寧に説明するアダム・ジョーンズ。
    ホワイトボードの前で、運用ステップを一つひとつ説明していきました ─ お申込み手続き、ご請求、ご相談対応、突合作業 ─ 部屋の全員に、このサービスが毎日どう動いていくのかを正確にご理解いただけるまで。
    2014年6月、JapanETCcardの運用モデルをホワイトボードに書き出しながら、日本のビジネスパートナーの方々に説明するアダム・ジョーンズ ─ プロジェクターが稼働し、机にはメモが並ぶ、実務的なミーティングの一場面。
    2014年6月、創業初期。ホワイトボードに、運用モデルの全体像をその場で書き起こしながらご説明していました。あの図に引いた一本一本の線が、私たちが引き受けることになる約束です ─ お客様のオンボーディング、決済のタイミング、確認の履歴、不正防止の仕組み。信頼はこうして築かれます ─ 一枚の図、一つの会議室、一つの判断を、丁寧に積み重ねながら。
  5. 05 ・ 2018年、より大きな扉へ

    小さなオフィスを卒業し、目の前の通りを渡って、メインゲートを正面に望む2階の新拠点へ。

    2018年、横須賀基地のすぐ近くに構えた最初の小さなオフィスは、創業期の役割をしっかり果たしてくれましたが、お客様コミュニティの広がりとともに手狭になっていきました。そこで私たちは、通りを渡った真向かい ─ 国道16号線、メインゲート正面の2階に拠点を移しました。新しい場所は道路からの視認性が格段に高く、ETCのご相談で来店されるお客様の動線もはるかにスムーズになり、看板掲出のための適切なスペースも確保できました。基地周辺を走るドライバーの方々にも、建物の上から「JapanETCcard」のブランドがはっきり見える ─ それまで主に裏方として動いてきた私たちにとって、お客様の前に「見える」存在として立つ、大きな転換点となりました。創業の地と同じコミュニティに根を張りながら、より開かれた拠点へ。そんな節目の移転でした。

    国道16号線越しから望む、2018年に移転したJapanETCcardの新拠点 ─ 横須賀基地のメインゲート正面、NARUMI不動産の上、2階に位置する。
    国道16号線の歩道橋から見た新拠点 ─ 2018年の移転で、メインゲートの真向かいに立地。NARUMI不動産の上にある看板が、道路からもはっきり見える位置です。
    2018年新拠点のバルコニーに掲げられたJapanETCcardの吊り下げ看板 ─ シンプルなロゴと、ETCゲート通過のイラストアイコン。歩く人の目線にしっかり届く位置に。
    2018年新拠点の正面 ─ NARUMI不動産入口の上に大きく掲げられた、英語で利用メリットを案内するJapanETCcardの広告バナー(SOFA会員向け)。
    近づいて見たカット2枚 ─ バルコニーに掲げたJapanETCcardの吊り下げ看板と、正面の大型バナー。SOFA会員の皆様、そして地域の国際コミュニティに向けて、英語ベースで利用メリットを分かりやすく掲示。視認性も、お客様の動線も大幅に改善しながら、創業の地である同じコミュニティに根を残した移転です。
  6. 06 ・ そして、今

    現在、日本全国で17,000名を超えるお客様にご利用いただいています。

    そこから私たちは日本全国に拡がっていきました ─ 米軍基地、各国大使館、宣教団体、外資系企業、地方で暮らす外国人居住者の方々まで。車検証や登録情報との確認を丁寧に重ね、必要な手続きを経て、MEISAIの利用明細確認につなげる運用を整えてきました。創業当初、関係機関が「それは無理だ」と考えていたことを、実務として形にしてきたのです。

  7. 07 ・ 2025年、沖縄へ広がる

    国道58号線に立てた、3つの広告看板 ─ JapanETCcardの沖縄初進出、そして沖縄エリアでのNEXCOとの初めてのパートナーシップ。

    2025年、私たちは沖縄エリアへの展開を始めました。沖縄本島の南北をつなぐ大動脈、国道58号線に沿って、3か所に広告看板を設置。キャンプ・フォスター、大山、本島中部をカバーする位置取りで、SOFAステータスの方々、米軍関係者ご家族、そして沖縄に広がる国際コミュニティの皆様が、日々、もっとも多く通る通勤・観光ルートに、JapanETCcardの存在をはっきりと示す機会となりました。同じくらい大きな意味があるのが、沖縄エリアでNEXCO様と直接ご一緒する関係を、私たちとして初めて持たせていただいたことです。これまで運営拠点を置いてこなかった地域での、新しいパートナー関係です。私たちは、創業初期にすべての関係を築いてきたときと同じやり方で向き合っています ─ 焦らず、敬意を持って、誠実に通い続ける。沖縄展開の目的はシンプルです。沖縄に暮らす外国人居住者の方々、そして訪沖されるドライバーの方々が、英語サポート付きで、MEISAIへの導線も整った形で、適切に高速道路を活用できる ─ そうした環境を、地域の道路を支えてくださっている方々と共に育てていく、ということ。

    沖縄エリアの広告看板を地図で見る →
  8. 08 ・ 2025年、ようやく同じテーブルへ

    15年の積み重ねの先に ─ 日本のETC制度を支えている方々と、ついに同じテーブルにつけた瞬間。

    「15年」と申し上げているのは、JapanETCcardが運営を続けてきた期間だけのことではありません。私がこの仕事を始めたのは2011年。日本で英語対応のETCサービスを実現するために、関係機関の扉をたたき続けた、まさにあの瞬間から数えています。2011年から2013年までの2年間、銀行、金融機関、信用組合、NEXCO、行政の窓口を回り続け、12回「No」を受け取り、13回目でようやく「Yes」が返ってきた ─ そこから合法的にサービスを開始できた、というのが2013年です。そこから先は、毎年が次の積み上げ。導入準備に2年、運営に13年。合計で15年です。

    そして、年月だけが理由ではありません。途中のすべてのことが、ひとつひとつ、然るべき場所に収まる必要がありました。信頼できるパートナーが私たちを見つけてくださること。関係機関の方々が、こちらの話に耳を傾けてくださること。チームが、迷いなく仕事を任せられるメンバーで構成されていくこと。技術が、目指すお客様体験を支えられるレベルまで成熟していくこと。そのどれもが、私たちが決められないタイミングで、それでも一つずつ、きちんと整っていきました。

    そうして整えてきた土台があったからこそ、2025年、日本のETC制度を国レベルで支えていらっしゃる上層部の方々から、同じテーブルにつくことを正式に許されました。あの面談は、私のキャリアの中でもっとも意味のある時間のひとつです。

    あの椅子に座るまでに必要なものは、社外の方にはほとんど見えないと思います。海外から日本で何かを変えようとするとき ─ 制度を、考え方を、ルールが許す範囲そのものを変えようとするとき ─ ハシゴを登れば登るほど、答えは「No」になります。本物の意思決定者と直接お話しできる機会は、ほぼ訪れません。私自身、登る過程の一段ごとに、数えきれないほどの「No」を受けてきました。

    それでも、あの部屋に座らせていただき、向かい合った先方に対して、ここまでに重ねた「No」の数と、なぜ立ち止まらなかったのかを、落ち着いて、直接、ご説明できたこと ─ それで15年間続いてきたループが、ようやく閉じたのです。上層部の方々は、下から見上げた登山道がどれほど険しかったかを、本当の意味では把握なさっていらっしゃらなかった ─ あの会話で、その景色を初めて共有することができました。

    あの面談から私たちは、深い相互の敬意と、本物のパートナーシップ、そして日本の外国人居住者・国際コミュニティのために、これからのETCの未来を共に築いていくという約束を持ち帰りました。

  9. 09 ・ 2026年の全面刷新

    新しいプラットフォーム ─ 主要な業務フローにAI支援を組み込んで。

    2026年、私は13年間で学んだことを土台に、新しいプラットフォームをゼロから立ち上げました。お客様の登録、書類確認、車両情報の確認、MEISAI登録支援、通行明細の配信、社内QAパイプラインに至るまで、人のチームとAI支援ワークフローが連携しています。目的はシンプルです ─ 数日かかっていた紙ベースの繰り返し業務を、より早く、より正確に、英語でも進められる仕組みにすることです。

  10. 10 ・ ひとつのIDで、ふたつのサービス

    JTRブリッジ ─ 1枚のカードで、2つのサービスがつながる仕組みです。

    プラットフォーム刷新と並行して、私はJapanTollReceipts.comを立ち上げました ─ 日本中のドライバー(外国籍・日本人を問わず)向けの、ETC利用明細レポート自動配信サービスです。JapanETCcardの会員様にとって不便にならないよう、両プラットフォームを安全につなぐJTRブリッジAPIも自分で設計しました。新しいアカウントを作る必要はありません。ETCカードを登録し直す必要もありません。本人確認も繰り返しません。ダッシュボードで有効化したその瞬間から、ETC利用明細、利用証明書PDF、CSVレポートが自動で届きはじめます。

  11. 11 ・ 私たちが組み上げた解決策

    上にあげたひとつひとつの困りごとに、いま、ちゃんと仕組みがあります。

    「12回の門前払いと、50枚のパイロット」から始まったこのサービスは、いまでは、外国人ドライバーにも日本人ドライバーにも使っていただける仕組みへと育ちました。与信の壁には、自社KYCとデポジットを組み合わせた運用で向き合っています。請求が遅れて見える問題には、月次で確認しやすい請求・利用レポートで対応しています。英語対応の壁には、プラットフォーム、ダッシュボード、サポートを日英で整えています。JTRが解決するETC利用明細・利用証明書の課題には、日次・週次・月次の通行レポートをPDFとCSVで自動配信する仕組みで対応しています。車両情報、MEISAI登録、車検証との確認も、申込み時の確認フローで進められるようになりました。

  12. 12 ・ いまも小さなチーム、それでも前へ広げていく

    小さな会社、いまの時代のツール、そして変わらないミッション ─ お客様の役に立ち続けること。

    私たちは、いまも小さな会社で、小さなチームです。それ自体は、ずっと変わっていません。そしてある意味、それは強みでもあります ─ いまでも、すべての判断には私自身が手を入れていますし、お一人おひとりのお客様とのやり取りには相応の時間を割いています。「これ、お客様のためにやれますか?」という問いに、プロセスではなく会話で答えられる規模感を、私たちは大切にしています。

    ただ、私たちが使える「道具」は、確実に変わりました。AI技術が日々の開発に深く組み込まれ、私自身のプログラミングのバックグラウンドと経験を活かせるようになったいま、「小さなチームが思い描けること」と「小さなチームが本当に届けられること」の差は、目に見えて縮まっています。以前は四半期かかっていたものが、週末で形になる。手作業だったレポートが、自動配信になる。お客様からのご質問に、日本語でも英語でも、より速く、より丁寧な背景情報と一緒にお返しできるようになりました。

    ここから先は、これまで以上に広い可能性があります。すでに多くの方にご利用いただいている各サービス ─ JapanETCcard、JapanTollReceipts、JapanChangeMoney ─ を引き続き伸ばしながら、「必要とされている」と私たちが確信した新しいサービスへの拡張も、これまで以上に進めていきます。手元のロードマップは、創業以来もっとも大きく広がっています。

    それでも、ミッションそのものは一度も変わっていませんし、これからも変わりません。私たちは「人の役に立つこと」を中心に置いてきました ─ 過去15年間お支えしてきた在日外国人コミュニティの皆様にとって、日本での暮らしを少しでも楽にする。そのための仕事を、小さなチームと、いまの時代のツールと、ここまでの歩みを支えてくれた変わらない忍耐と敬意とともに、これからも続けていきます。

  13. 13 ・ そして、いま伝えられること

    創業から13年。証明は、数字とお客様自身が語ってくれています。

    現在、日本全国で17,000名を超えるお客様が、私たちの仕組みを信頼してくださっています。必要な確認手続きを重ねながら、創業時に「不可能だ」と言われた仕組みを、実際に使われるサービスへと育ててきました。

ビジョンは2013年から一貫しています ─ 日本の高速道路を、ここで暮らし、働くすべての方にとって、公平で、透明で、英語で利用できるものにすること。JapanETCcardとJapanTollReceiptsを信頼してくださり、ありがとうございます。

Adam Jones — 創業者・代表取締役, NoJo Enterprise
Adam Jones
Founder & CEO
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